東西を俯瞰する眼–帝国ホテルとライト 前編

1923年に開業した帝国ホテル2代目本館(通称・ライト館)を設計した建築家フランク・ロイド・ライト。ライト館誕生100年を機に、今もその影が色濃く残る帝国ホテルを探訪する。

Photo Satoru Seki Text Junko Chiba

1923年に開業した帝国ホテル2代目本館(通称・ライト館)を設計した建築家フランク・ロイド・ライト。ライト館誕生100年を機に、今もその影が色濃く残る帝国ホテルを探訪する。

帝国ホテル中央玄関
帝国ホテル中央玄関
明治時代を中心とした歴史的建造物などを移築・ 保存・展示している博物館 明治村にあるライト館の中央玄関。開業当日に関東大震災に見舞われるも、被害は軽微。奇しくも造りの堅牢性が証明された。残念ながら、ライトは完成を見ずに後を弟子の遠藤新らに託し、日本を離れたが、ホテルは40年以上の“現役生活”を全うした。

通称・ライト館、誕生物語

フランク・ロイド・ライトの名を聞くと、即座に「帝国ホテル」を想起する。「アメリカの生んだ近代建築の巨匠が、日本のホテルの設計を手掛けた」こと自体が、また斬新な意匠とともに描き出す建物の世界が衝撃的だったからだろう。多くの人の記憶の中に「ライト=帝国ホテル」の方程式が刻み込まれたように思う。しかし一つ、疑問が残る。「帝国ホテルはどのようにしてライトと出会ったのか」―。その疑問を解く鍵を握るのが、1909(明治42)年に37歳で支配人に就任した林愛作だ。彼こそがライトを起用した張本人なのだ。どんな人物か。

1873(明治6)年、群馬県に生まれた林は、13歳で親戚を頼って横浜へ。外国人居留地に近いこの地で7年を過ごしたことで、大いに文明開化の刺激を受けた。またアメリカ人宣教師を通して英語や聖書に触れる機会に恵まれたようだ。その流れのままに19歳で、米サンフランシスコへ渡ったのである。
 
その後、マサチューセッツ州のマウントハーモンスクールに学び、卒業後は、江戸時代から続く美術商、山中商会に就職した。そして欧米の富豪や美術品愛好家と仕事をする中でニューヨークの社交界にも溶け込み、多くの一流人との知己を得たという。ライトはその一人だったのだ。

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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