天才の軌跡

現代を生きる時計師の最高峰、フランソワーポール・ジュルヌ。今年は、彼が自身のブランドを立ち上げて20周年のアニバーサリーに当たる。この20年間、彼がウォッチシーンに残してきたものは何だったのか。また、ブランド創立以前のキャリアが、現在の彼をどう形づくったのか。そして今後のビジョンは? ジュネーブのマニュファクチュールに彼を訪ね、天才の現在・過去・未来を検証する。

Photo Masahiro Goda Text Yasushi Matsuami

現代を生きる時計師の最高峰、フランソワーポール・ジュルヌ。今年は、彼が自身のブランドを立ち上げて20周年のアニバーサリーに当たる。この20年間、彼がウォッチシーンに残してきたものは何だったのか。また、ブランド創立以前のキャリアが、現在の彼をどう形づくったのか。そして今後のビジョンは? ジュネーブのマニュファクチュールに彼を訪ね、天才の現在・過去・未来を検証する。

  • トゥールビヨン・スヴラン・ヴァーティカル、トゥールビヨン・スヴラン トゥールビヨン・スヴラン・ヴァーティカル、トゥールビヨン・スヴラン
    (左)トゥールビヨン・スヴラン・ヴァーティカル 2019年1月に発表された、ブランド創立20周年記念モデル。トゥールビヨン・スヴランをアップデートした第3世代。垂直方向に30秒で1回転するトゥールビヨンを搭載。手巻き、ケース径42mm、Ptケース×カーフストラップ、29,808,000円。
    (中)2004年に発表された第2世代のトゥールビヨン・スヴラン。第1世代モデルをベースとしながら、6時位置にステップ運針するデッドビートセコンドを搭載し、ムーブメントは18金のRG製に変更。2018年に製作を中止した。
  • トゥールビヨン・スヴラン トゥールビヨン・スヴラン
    トゥールビヨン・スヴラン 1999年のブランド創立に合わせ、1991年のモデルの改良型として発表された同モデルの第1世代。当時、ムーブメントは真鍮(しんちゅう)製だった。
  • トゥールビヨン・スヴラン・ヴァーティカル、トゥールビヨン・スヴラン
  • トゥールビヨン・スヴラン

Manufacture

ジュルヌ氏専用の作業スペース
マニュファクチュールの2階にある、ジュルヌ氏専用の作業スペース。ここから数々のマスターピースが生み出された。

「どうやら、君は私を必要としていないことがよく分かったよ」

ジュルヌ氏は、時計業界のゴッドファーザー的存在だった、スウォッチグループ元会長ニコラス・G・ハイエックに、こう言われたことがあると明かしてくれた。

「スウォッチグループのブランドと、特許の問題で裁判に発展したことがあったのですが、当時、ハイエック氏のオフィスに呼ばれてランチを共にしたんです。彼はメモを取りながら私の話を聞いていましたが、最後に言った言葉がこれでした。だから私も『その通り!』と答えたんです(笑)。ハイエック氏は、実にクレバーな人物で、周囲の有能な人材をうまくマネジメントしていました。彼らはハイエック氏に従順でしたから、逆に従わないで言い返してくる私のような人間が好きだったんだと思います。対抗してくるけれども、私のことは尊重してくれていたようです。だからこそ、係争中でもスウォッチグループ傘下のニヴァロックス社からヒゲゼンマイの供給を止めるようなことはしなかった。」

ヒゲゼンマイは精度調整の要となるパーツだが、製造が難しくサプライヤーもごく限られている。ニヴァロックス社はその最大手だ。これについても興味深いエピソードがある。

「初めての懐中時計を作る時、ヒゲゼンマイが必要ですから、ニヴァロックス社に電話をしたんです。電話口の営業部長は『20フランを封筒で送ってください』と言うのでそうしました。しばらくしたらヒゲゼンマイが送られてきましたよ」

現在では考えられないような、プリミティブとも言える取引が、クオーツショック後のスイスでは実際に行われていたのだ。

「ブランドを立ち上げてから、同じ営業部長とランチをする機会がありました。来年定年を迎えるという彼は『まだポケットウォッチ用のヒゲがご入り用ならお送りしますよ』と言ってくれました(笑)」

  • マニュファクチュール マニュファクチュール
    少数精鋭の熟練技術者が、組み立てに当たる。基本的に一人の時計師が、一つのムーブメントを最初から最後まで担当するスタイルをとる。
  • マニュファクチュール マニュファクチュール
    マニュファクチュールは、ジュネーブ市指定の歴史的建造物である。2003年に購入し、内部をリノベーションして利用している。
  • マニュファクチュール
  • マニュファクチュール

現在のF.P.ジュルヌには、このヒゲゼンマイを除き、文字盤からケースに至るほぼすべてを、自社内でまかなえる体制が整っている。  20周年を祝し、ブランド創立時のファーストモデル「トゥールビヨン・スヴラン」をアップデートするべく、今年1月に発表された「トゥールビヨン・スヴラン・ヴァーティカル」は、この完璧なマニュファクチュール体制の成果と言うべきものだ。

従来のトゥールビヨンとは異なり、トゥールビヨン・キャリッジを文字盤に対して水平ではなく垂直方向に設置することで、重力の影響を平均化する効果をさらに高めたことに加え、F.P.ジュルヌのトゥールビヨンらしく、ゼンマイからのトルクを一定に保って精度を高める複雑機構ルモントワール・エガリテも搭載。機械の完成度の高さは言わずもがな、エナメル製の文字盤も優美。ジュネーブ在住のエナメル師と、自社グループ傘下の文字盤ファクトリーが共同して作り上げたものだ。

20年という時間が、天才時計師にさらなる円熟をもたらしたことは間違いない。

  • マニュファクチュール マニュファクチュール
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※『Nile’s NILE』2019年8月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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