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CULTURE
阿波へ
四国八十八ヶ所 霊山寺徳島は撫養(むや)から始まる。特に京、上方など東から来る人にとっては、四国への入り口である。だからこの地には、さまざまな人が立ち寄り、歴史の結節点を作ってきた。徳島のことばが京ことばに似ている、というのもそこに所以があるのだろう。四国八十八カ所第1番札所の霊山寺もここ撫養にある。若き空海の修行もまた、撫養港が起点だったのではないだろうか。今なおこの地に濃厚に沈潜する“空海香”。阿波の国は以来、どんな歴史の波に洗われてきたのか。時が刻んだその足跡をたどる。
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CULTURE
不昧公の松江・数寄者
国宝の天守閣に見守られる島根県松江市には、井伊直弼と並ぶ大名茶人として名をはせた、7代目松江藩主松平治郷(不昧公)が愛した茶の湯や菓子、茶室などが人々の生活の中に息づいている。松江城を囲む風情あふれる堀川めぐりや、文豪・小泉八雲の旧邸、松江三大銘菓を味わえる老舗の菓子店など、至るところに“不昧公好み”の文化が薫る街、松江を歩いた。
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CULTURE
光源氏は“男・紫式部”の化身です
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CULTURE
紫式部は社会派の作家です
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CULTURE
紫式部が描きたかったのは人間の実相
『源氏物語』は謎である。紫式部が筆を下ろした時、彼女の中でどんな衝迫が起こったのか。その根源を知って、より面白く物語の深みに分け入りたい。このほど全54帖の“謹訳源氏”を完結させた林望氏。源氏物語に関するあらゆることを知る上智大学教授の三田村雅子氏。平安貴族の生活・文化に通じた同志社女子大学名誉教授の朧谷壽氏。三人の研究者が語る紫式部の心奥は?
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CULTURE
源氏物語とお菓子の甘い話
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COLUMN
紫式部は何者か
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CULTURE
京都・紫式部と恋
「愛と死」とは文学の永遠のテーマである。1200年以上前に、「愛と死」のアンビバレンツを見事にとらえ、光源氏を軸に54帖の物語を展開する『源氏物語』を紫式部はなぜ書こうとしたのか。この物語に自らの思いをどのように昇華させたのか。それを探りに、平安の都へ旅に出た。
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CULTURE
吉田璋也と民藝運動
宿る美 -
CULTURE
時今浪花賑
活気あふれる天下の台所大阪市中央卸売市場本場
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CULTURE
京都・五条の登り窯
秋が深まり、冬の足音が聞こえてくる季節になると、自然と「紅葉燃ゆる清水寺」への郷愁が湧いてくる。その清水寺に至る二つの坂道―五条坂・茶わん坂をぶらり歩きつつ思う、京都の焼き物はどのような時を重ねてきたのだろうと。今回の旅の出発点は「五条坂下」辺り。ゆるり歴史をさかのぼってみよう。
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CULTURE
金寳冨貴・竹生島巡り
神社・寺院で手を合わせる時、心に「財運」の2文字が浮かぶ人は多いだろう。その財運をもたらすとされるのが弁才天。古代インドの水の神サラスヴァティーをルーツとし、神仏習合の流れの中で日本人の心に“降臨”した女神である。財運に恵まれるためには、まず弁才天を参詣し、心を清めるのが順序というもの。「金寶冨貴の聖地」とも言われる、琵琶湖に浮かぶ小さな島・竹生島に向かった。