新説・かき氷史観

かき氷が登場する最古の文献は『枕草子』というのが通説だ。削った氷にアマチャヅルからとった甘味を“かけて”、それを金属の器に入れて食べたのだろう。清少納言のこのかき氷が、世阿弥の晩年の著作にも登場するという。

Photo Satoru Seki  Text Junko Chiba

かき氷が登場する最古の文献は『枕草子』というのが通説だ。削った氷にアマチャヅルからとった甘味を“かけて”、それを金属の器に入れて食べたのだろう。清少納言のこのかき氷が、世阿弥の晩年の著作にも登場するという。

文芸評論家 多岐祐介氏
文芸評論家 多岐祐介氏。

出合いは1954(昭和29)年。当時5歳の多岐さんがお店で食べた15円のかき氷は、饅頭や団子、煎餅よりワンランク上のおやつだった。

「和菓子屋の奥にちょっとテーブル席がある、甘味喫茶のような店でしたね。大人は『スイ(水)、くれ』とか言って、砕いた氷に砂糖をかけた氷水を注文していました。
子どもは甘いシロップのものが好き。私もいちごからメロン、レモンと渡り歩きました。たまーに倍の値段がするあずきも食べましたっけ。お菓子って、大福でもケーキでも不思議と『いちごに始まって、いちごに終わる』みたいなところがありますよね」

まだ電気冷蔵庫が普及していない時代、氷の塊を売る店は多かったと多岐さんは振り返る。

「当時は、単なる木の箱の氷冷蔵庫というのがありました。中が2層になっていて、上段に氷の塊を入れ、冷気で冷やすスタイルです。トラックで町を巡回する氷屋さんに、よくおつかいに行かされました。荷台に積んだ巨大な氷をノコギリでパッカーンと切り分ける様子がかっこよくて、『大人になったら氷屋さんになる!』と憧れたくらいです」

かつて氷は生活に根差していて、大切なものだった。だからそんな氷を削っておやつにするという発想は、一般家庭にはあまりなかった。

そんな多岐さんは社会人になった頃、再びかき氷に惹かれた。出版社に勤め、関西の書店回りをしていてカルチャーショックを受けたのだ。

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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