時代を超えてつながる種って、すてきです

京都市北部、上賀茂。平安京ができる以前から京野菜の栽培が盛んだったこの土地に、100年以上にわたって代々受け継がれてきた種子を守り、野菜を育て続けてきた「田鶴農園」がある。

Photo Masahiro Goda Text Izumi Shibata

京都市北部、上賀茂。平安京ができる以前から京野菜の栽培が盛んだったこの土地に、100年以上にわたって代々受け継がれてきた種子を守り、野菜を育て続けてきた「田鶴農園」がある。

「あさかぜきゅうりは、むかしの京きゅうりの血を受け継いでいるんです。昔はこういう白いきゅうりが関西ではやっていたんですが、秀品率が悪くて曲がりやすいせいで、みんな離れていってしまって。世間ではもうほとんど出回っていませんが、うちでは種を自家採取して栽培を続けています」

あさかぜきゅうりと一般的なきゅうりでは、栽培の仕方も異なる。脇芽を剪定(せんてい)されて、1本1本の茎が整然と柱状に伸びているのが一般的なきゅうり。
一方、あさかぜきゅうりは芽も茎も茂りっぱなしで、苗と苗の間の通路を覆うように弧を描いている。背を丸めて“あさかぜのアーチ”の中に入れば、日差しが緑のカーテンに遮られて涼しい。伸び放題の葉や天井から垂れる実を避けながら、田鶴さんの足取りは軽やかだ。

  • あさかぜきゅうりの栽培の様子。葉が生い茂っているあさかぜきゅうりの栽培の様子。葉が生い茂っている
    あさかぜきゅうりの栽培の様子。葉が生い茂っている。
  • (左)天井から垂れ下がる白い実(右)アーチの天井は低く、実の収穫は身をかがめて行わなくてはならない(左)天井から垂れ下がる白い実(右)アーチの天井は低く、実の収穫は身をかがめて行わなくてはならない
    (左)天井から垂れ下がる白い実。
    (右)アーチの天井は低く、実の収穫は身をかがめて行わなくてはならない。
  • (上)2種類は見た目が全く異なる(下)緑色が強くなってしまったあさかぜきゅうり(上)2種類は見た目が全く異なる(下)緑色が強くなってしまったあさかぜきゅうり
    (上)あさかぜきゅうりと一般的なきゅうり。2種類は見た目が全く異なる。
    (下)緑色が強くなってしまったあさかぜきゅうり。
  • あさかぜきゅうりの栽培の様子。葉が生い茂っている
  • (左)天井から垂れ下がる白い実(右)アーチの天井は低く、実の収穫は身をかがめて行わなくてはならない
  • (上)2種類は見た目が全く異なる(下)緑色が強くなってしまったあさかぜきゅうり

「あさかぜは、まいた種の3割程度しか発芽しません。それに、同じ芽からできた実なのに、白色と緑色、両方なることもある。味は一緒ですが、出荷先で一般的なきゅうりに間違われることがあるので、難しい品種ですね。収穫できる実がどれだけなるかわからないから、脇芽も切らずに残しておくんです。次にまくための種も採取しないといけないですから」

あさかぜきゅうりは曲がりやすい
あさかぜきゅうりは曲がりやすい。
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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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