美食のバスク 後編

イエズス会を創設し、キリスト教布教のため東洋に向かったバスクの男たち。働くことの価値を守り、頑固だが革新性に富んだ彼らは食の世界をも変えた。

Photo Chiyoshi Sugawara Text Chiyoshi Sugawara

イエズス会を創設し、キリスト教布教のため東洋に向かったバスクの男たち。働くことの価値を守り、頑固だが革新性に富んだ彼らは食の世界をも変えた。

  • ピンチョス1 ピンチョス1
    (右上)クリエーティブ系のピンチョスで人気のバルは、店内のたたずまいもモダンだ。
    (右下)ウサギ肉のソテーにニンジンに牛乳・砂糖・ゼラチンを使ったウサギのステンシルを添えた。
    (左上)ジャガイモとゆで卵の輪切り、ツナ、アンチョビ。オリーブ、酢漬けした玉ねぎのみじん切り添え
    (左下)パプリカパウダーを利かせたバスク定番のソーセージ、チストラとポーチドエッグ
  • ピンチョス2 ピンチョス2
    (右上)カタクチイワシのフライと赤ピーマン、カモのハムをようじでパンに止めている。
    (右下)ニンジン、インゲン、ほうれん草などの野菜をプディングにしたもの。
    (左上)オブジェ風に見せているチーズと生ハム。右はヒルダ。長い串を使うモダン派ピンチョス。
    (左下)素揚げして粗塩で味付けしただけのピーマン(シシトウ)はゲルニカ産で、ワインが進む
  • ピンチョス1
  • ピンチョス2

もともと料理の評価が高かったバスク地方だが、1887年、摂政となったマリア・クリスティーナが、サンセバスティアンに夏の王居を構えたことからコンチャの浜はロイヤルビーチとも呼ばれ、ヨーロッパの上流階級が集うリゾートとして有名観光地となっていった。そうした中、世界から訪れるリゾート客に向け、旧来の伝統料理依存から脱しようと、若いシェフたちが研究してレシピを共有し合ったことから、新しい料理が次々にレストランのテーブルを飾るようになった。レシピのオープン化で、サンセバスティアンのバル「ラ・ヴィーニャ」の人気メニューであるオリジナルのチーズケーキを、今では日本のスペイン料理店で食べることもできるのだ。
 
この動きが始まったのは1970年代のことで、中心にいたのが当時からすでにヨーロッパでは屈指と言われていたレストラン「アルサック」のオーナーシェフであるフアン・マリ・アルサックである。彼に触発されたフェラン・アドリアは、世界で最も予約が取りにくいと言われたレストラン「エル・ブジ」を率いることにる。フェランの影響は世界に広まったが、当然それはバスクの若いシェフたちの料理、そしてバルのタパスにもおよび、次々に新しい料理がバルから生まれた。
 
ピンチョとは「串」のことで、代表が酢漬けの唐辛子にアンチョビ、そしてオリーブの実をようじで刺したヒルダ。往年の女優でセックスシンボルとして人気を誇ったリタ・ヘイワースが演じた映画『ギルダ(1946年公開)にちなんだもので、女性の曲線美を表していると言われ、今でも定番のピンチョスである。

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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