紀元前7世紀ごろ、イタリアに定住したラテン人の一派が、前753年にテベレ川のほとりの丘陵地帯に築いた集落が、都市国家ローマの始まりだといわれる。その後、前600年代にローマは、北方に住んでいたエトルリア人によって、一時的に支配されてしまう。つまり、それまで都市国家としてのローマは小さく、発展していなかった。
そして前6世紀末にエトルリア人の王を追放し、共和政を樹立。パトリキ(貴族)で構成される元老院(最高機関)が実権を握る貴族政治の時代を経て、重装歩兵として国防に重要な役割を果たすようになった平民(中小農民)の政治参加が進展していくことになる。
帝国の枠組みを作った街道
ローマは平民の重装歩兵を軍事力の中核にして、前272年には全イタリア半島を支配。こうしたローマの急速な拡大の礎となったのが、「すべての道はローマに通ず」という言葉通り、ローマ街道である。
その最初の一本で、ローマから南東に一直線に延びるアッピア街道の建設が始まったのは、前312年のこと。当時のローマの最高位者であったケンソル(監察官)のアッピウス・クラウディウスが立案し、最初の街道の敷設に着手した。アッピウス自ら建設を指揮したため、アッピア街道と名づけられた。
ちなみにこの人物、ローマのインフラのもう一つの雄であるローマ水道の立案者でもある。

