おいしさの源

沖縄では古くからアグーと呼ばれる黒豚が飼育されていた。やんばるの緑深い山あいでアグーを飼育する我那覇畜産の我那覇明会長は、子どもの頃から豚とともに育ち、「沖縄のアグーを世界のあぐーへ」というスローガンのもと、今日のアグーのブランド化を実現した立役者だ。アグーはその肉だけでなく、豊富な脂がさまざまな料理に使われる。いわば、すべての沖縄料理のおいしさの根源だ。

Photo Satoru Seki  Text Rie Nakajima

沖縄では古くからアグーと呼ばれる黒豚が飼育されていた。やんばるの緑深い山あいでアグーを飼育する我那覇畜産の我那覇明会長は、子どもの頃から豚とともに育ち、「沖縄のアグーを世界のあぐーへ」というスローガンのもと、今日のアグーのブランド化を実現した立役者だ。アグーはその肉だけでなく、豊富な脂がさまざまな料理に使われる。いわば、すべての沖縄料理のおいしさの根源だ。

我那覇畜産の我那覇明会長
我那覇畜産の我那覇明会長。沖縄市に残っていたものを解体・移設した、家庭用のフール(豚小屋)前で。豚舎にはアグーに親しめる「アグ〜村」も併設していたが、現在は豚コレラの侵入予防のため閉鎖中。

「アグーの特徴は、脂が多いこと。昔の沖縄の家庭ではアグーの脂をアンダガーミ(油甕:あぶらがめ)に入れて、チャンプルーにも、煮物にも、あらゆる料理に使っていました」と我那覇畜産の我那覇明会長は言う。

中国から沖縄に豚が持ち込まれたのは15世紀ごろといわれるが、沖縄本島の北西にある伊是名の弥生時代後期の貝塚からも豚の骨が発見されており、「沖縄では、記録よりずっと前から豚が飼育されていたんじゃないかと思うのです。長い年月をかけ、沖縄の気候に合わせて変化したのがアグーなのでしょう」と推測する。

我那覇畜産の入り口に飾られていたアグーシーサー
我那覇畜産の入り口に飾られていたアグーシーサー。会長が知人の陶芸家に頼んで作ってもらったもの。

アグーはかつて、沖縄の各家庭で飼育されていた。正月になると大切に育てたアグーを潰し、まず血を抜いて、豚の肉や島ニンジン、ニンニクの葉と豚の血を炒め、チーイリチャー(血の炒め煮)にする。

「昔は家の戸を外してバナナの葉を敷き、豚肉をカットして、わらを通して運んでいました。おろしたての肉は一番おいしいトントロから炊いて食べ、内臓は川できれいに洗って中味汁(なかみじる)にします。

疲労回復効果があるレバーはチムシンジ(豚レバーの煎じ汁)にして、病気のときに飲みました。脚が痛いときには豚の後ろ足が良い、なんて言いましたが、コラーゲンが多いからでしょう」。

肉は皮に残った毛をていねいに焼き、だし汁と泡盛、砂糖、しょうゆ少々で煮込んでラフテーにしたら、残りは骨ごと切って甕や木箱でスーチカー(豚の塩漬け)にし、お祝い事や来客用に保存する。骨は「だしの出方が普通と違う」と会長。アグーの骨でだしをとった沖縄そばは格別だと太鼓判を押す。

1 2
真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

NILE'S MEMBERS

新規メンバー募集開始

選ばれたひと、こと、もの情報
「LUXE LIFE STYLE」をともに過ごす新会員を募集します。

*会費等一切かかりません(無料)