ヨルダン川西岸をゆく 前編

ヨルダン川とイスラエルの間にあり、パレスチナ自治区の一部を成すヨルダン川西岸地区。世界で最も低い土地に1万年前から文明が花開き、欧米列強に翻弄されながらも、たくましく生き続ける人々がいた。

Photo Chiyoshi Sugawara Text Chiyoshi Sugawara

ヨルダン川とイスラエルの間にあり、パレスチナ自治区の一部を成すヨルダン川西岸地区。世界で最も低い土地に1万年前から文明が花開き、欧米列強に翻弄されながらも、たくましく生き続ける人々がいた。

  • ヒシャーム宮殿の跡 ヒシャーム宮殿の跡
    (左上)宮殿に接しカリフと客の社交の場だった小浴室の床のモザイク。レセプションホールの床など広大なモザイクも公開の準備が進められる。(左下)床を彩ったモザイクのうち、浴室に接するディワンと呼ばれる部屋の「生命の樹」は公開され、エリコの象徴となっている。
    (右)ヒシャーム宮殿の跡からは、建物を飾った石のレリーフやスタッコによる彫刻・彫像が発掘され、これは後のバラ窓の原型とも言われる。
  • ヨルダン川西岸をゆく 1 ヨルダン川西岸をゆく 1
    (左)婦人の頭部像。(右)発掘されたターバンを巻いた男の頭部。
  • ヨルダン川西岸をゆく 1 ヨルダン川西岸をゆく 1
    発掘された不思議な彫像。
  • ヒシャーム宮殿の跡
  • ヨルダン川西岸をゆく 1
  • ヨルダン川西岸をゆく 1

また北の郊外には1962年に発見されたヒシャーム宮殿の跡があり、考古学者は、カリフのヒシャーム(紀元724~743年)によって築かれた冬の宮殿であったと考えている。ウマイヤ朝時代(661~750年、イスラム史上最初の世襲イスラム王朝)に豪華な装飾が加えられ、8世紀半ばの大地震で破壊されたが、宮殿などは10世紀まで残り、床はカラフルなモザイクで彩られていた。

発掘・調査と記録撮影の後、浴室に隣接する部屋の「生命の樹」などを除き、モザイクの床は保存のため埋め戻され、今は柱頭飾りのついたおびただしい柱や、彫刻が施された壁が、遠い古いにしえの栄華をしのばせている。

ヨルダン川西岸をゆく 中編」へ続く

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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