ART

北斎の“鬼の浮世絵”を一挙公開|すみだ北斎美術館で開催「百鬼見参」

江戸時代後期の天才浮世絵師、葛飾北斎。さまざまな富士山の情景を描いた『冨嶽三十六景』はあまりにも有名な代表作だが、彼の緻密で力強い表現力はそれだけにとどまらず、驚くほど多岐にわたる。すみだ北斎美術館の特別展「北斎 百鬼見参」では、鬼にまつわる浮世絵約145点を展示。初公開の貴重な肉筆画も見逃せない。

Text Asuka Kobata

江戸時代後期の天才浮世絵師、葛飾北斎。さまざまな富士山の情景を描いた『冨嶽三十六景』はあまりにも有名な代表作だが、彼の緻密で力強い表現力はそれだけにとどまらず、驚くほど多岐にわたる。すみだ北斎美術館の特別展「北斎 百鬼見参」では、鬼にまつわる浮世絵約145点を展示。初公開の貴重な肉筆画も見逃せない。

葛飾北斎『釈迦御一代記図会』六 暴悪を罰して天雷流離王が王宮を焼君臣を撃殺す図 すみだ北斎美術館蔵(通期)
葛飾北斎『釈迦御一代記図会』六 暴悪を罰して天雷流離王が王宮を焼君臣を撃殺す図 すみだ北斎美術館蔵(通期)

また『釈迦御一代記図会』に描かれているのは、鬼のような様態の「雷神」。こちらは神としての鬼だ。雷神のトレードマークである雷太鼓を描く一方で、恐ろしい表情や足元の雷獣は北斎独自の世界が表現されている。北斎が表現した鬼は一つひとつが個性的で、作品を見ていると当時から鬼が幅広く捉えられてきたことがうかがえる。

次に続く章「鬼となった人、鬼にあった人」では、実在した人物の鬼にまつわるエピソードがもとになった作品を紹介。北斎の門人である葛飾北為(ほくい)が描いた「摂州大物浦平家怨霊顕る図」では、壇ノ浦の戦いで滅亡した平家の総大将、平知盛と平家一門が怨霊と化した姿を見ることができる。源義経は源頼朝から逃れる道中で嵐に遭うが、この嵐が平家の祟たたりによるものとした謡曲『船弁慶』の一場面だ。3枚で構成された大画面の左上で、長刀を手に船を襲う平知盛の姿は、まるで鬼そのもの。

葛飾北為「摂州大物浦平家怨霊顕る図」すみだ北斎美術館蔵(後期)
葛飾北為「摂州大物浦平家怨霊顕る図」すみだ北斎美術館蔵(後期)

また、北斎の門人、蹄斎北馬(ていさいほくば)が描いた肉筆画「角大師と蝸牛図」には、天台宗の僧である良源が疫病に苦しむ民を救うために化身した鬼「角大師」の姿が。現代でも天台宗の多くの寺院では角大師の護符を授与しており、その姿を目にしたことがある人も多いのではないだろうか。

蹄斎北馬「角大師と蝸牛図」すみだ北斎美術館蔵(前期)
蹄斎北馬「角大師と蝸牛図」すみだ北斎美術館蔵(前期)
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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

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