「人命」すらカウントしない戦争の時代の始まり

時代を読む 第137回 原田武夫

時代を読む 第137回 原田武夫

時代を読む――原田武夫 第138回、「人命」すらカウントしない戦争の時代の始まり

本稿は実に半年以上ぶりに欧州を訪問し、帰国した直後に書いている。いつものとおり、我が国のマスメディアが日々報じている「世界イメージ」とは違う現実が、とりわけ欧州では展開しているとの印象を強く抱いたわけであるが、そうした中でとりわけ鮮烈に覚えたのが「ヒトと人間」が明らかに分離し始めているということだった。

今回、欧州を訪問したのはプラハで行われた安全保障フォーラム(GLOBSEC2025)に出席するためである。かつて「バルカンは火薬庫」と言われたが、欧州勢の中でもとりわけ旧東側諸国、すなわち中東欧圏は「ウクライナ戦争」によってさらにキナ臭くなっている。だが同時に地理的に見るとある意味細分化された世界であるかのようにも見えるので、我が国から見るとなかなかそこでの現実は分かりにくいものでもある。だからこそ、筆者は現地に出向き、今や地政学的技術(GeoTech)の中心地として確固たる地位を締めつつあるチェコの首都プラハにおける議論にかかわってきたのである。今回の参加は3回目であった。

安全保障フォーラムなので当然、そこでは「戦争(warfare)」の危険性について声高に語られていた。それと同時に、多くのベンダーたちがこぞって関連する動画を上映し、「危機」と「それに対する備えの必要性」をあおり立てていた。それらを静かに眺めながら思ったことがある。

実はこれらの動画には、ドローン(無人航空機)といったロボティクスは大量に登場するのだが、どういうわけか生身の人間はほとんど登場しないのである。無論、これら兵器としてのロボティクスを操縦する側の人々の姿は描かれている。だが、勇猛に登場するのはあくまでも戦場におけるロボティクスやドローンなのであって、それ以上でもそれ以下でもないといった構成でこれらの動画は描かれているのである。何とも言えない違和感を筆者は禁じ得なかった。

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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