江戸を手本に呑めば、毎日が豊かになる

本の食べ時 第9回 君島佐和子

本の食べ時 第9回 君島佐和子

店の壁には『日用倹約料理仕方角力番附』(通称「おかず番付」)が貼られ、江戸気分をかき立てる。本書でもそこから数品紹介されている。豆腐を水と酒と醤油で煮る「八はいどうふ」、油揚げに付け醤油を塗って焼く「あぶらげつけやき」など、食材単品を煮ただけ、焼いただけのシンプル調理が多い。それで十分なほど加工食品の完成度がすでに高かったのだろうと推測しつつ、和食が引き算の料理と言われるゆえんがここにあるのだなと思ったり、足るを知る日本人の精神性が潜んでいるのではないかと考えたり、四方八方へ思考が広がる。

芝浜ではしばしば煎り酒(日本酒に梅干し等を入れて煮切った調味料)が用意されるが、本書でクローズアップされるのは塩酢だ。醤油が主流になるのは江戸後期で、それまで刺し身は酢に塩を溶かした塩酢、そこに薬味を加えた調味酢で食べていたという。やってみると、なるほど醤油のうまみにマスキングされることなく、魚の香りや味わいの輪郭が立ち上がり、清冽な印象。醤油浸透以前の調味法は、食材の持ち味を素直に堪能させてくれる良さがある。

本書のレシピの材料表を丹念に見ていったなら、きっと気付くに違いない。必要以上にだしに頼っていないこと、そのだしも江戸時代に忠実なかつおだしのみで、昆布との合わせだしにしていないことに。うまみがUMAMIとして世界にもてはやされるようになって、現代人はうまみに頼り過ぎていると、江戸のレシピが教えてくれる。

鮨で呑み、玉子焼きで呑み、豆腐で呑み、鍋で呑む。汁で呑み、汁かけ飯で締める。本書が伝授する前のめりな呑みの姿勢こそ、江戸呑みの本領かもしれない。考えてみれば、何で呑むかはクリエーティブな行為だ。「長屋の花見」などは良い例だろう。何ででも呑める、何につけても呑む。呑みの開拓精神をクリエーティブと言わずして何と言おう。

コロナ禍以降、自宅仕事が増えて、これ幸いと朝から呑みながらPCに向かったものだった。いつしか家でも仕事に追われ、“呑み”が減ったのを実感する今日この頃。江戸呑みに倣って、呑みの姿勢を取り戻さねばと思う。

君島佐和子 きみじま・さわこ
フードジャーナリスト。2005年に料理通信社を立ち上げ、06年、国内外の食の最前線の情報を独自の視点で提示するクリエイティブフードマガジン『料理通信』を創刊。編集長を経て17年7月からは編集主幹を務めた(20年末で休刊)。辻静雄食文化賞専門技術者賞選考委員。立命館大学食マネジメント学部で「食とジャーナリズム」の講義を担当。著書に『外食2.0』(朝日出版社)。

※『Nile’s NILE』2025年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

1 2
真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

NILE'S MEMBERS

新規メンバー募集開始

選ばれたひと、こと、もの情報
「LUXE LIFE STYLE」をともに過ごす新会員を募集します。

*会費等一切かかりません(無料)