地球上にはまだまだ心躍る未知がある

本の食べ時 第8回 君島佐和子

本の食べ時 第8回 君島佐和子

それもこれもデラシャの風土ゆえ。デラシャの主たる生業は農業だが、生育に十分な水を必要とする豆類や野菜の栽培がむずかしく、乾燥に強いソルガムが基幹作物となった。高野氏ら取材班が訪れたのがちょうどソルガムの収穫直前。鳥を追い払う見張りの親子が一日中畑に立っていたという。彼らが口にするのは朝から晩までパルショータのみ。さらに「ヤギ追いの子供たちに出会った。十歳くらいだろうか。彼らが持っているペットボトルの中身を味見させてもらうと、見事に3~4パーセントのパルショータだった。彼らの持ち物はこれだけ。つまり、酒がこの子たちのお弁当にして水筒というわけだ」「パルショータは食事と水を兼ね備えたスーパードリンクなのだ。酒は煮炊きする必要がなく、一日、陽にさらされても傷まない。好きなときに好きなだけ飲める。仕事中にはこれ以上便利な飲食物はない」

酒を主食とする食習慣を現地の医師がどう捉えているのか、取材班はデラシャで最も大きな病院を訪れる。「少なくともパルショータが健康に被害を与えていると示唆する兆候やデータはありません」と言われるばかりか、「驚いてしまったのは妊婦さんの病棟だった。(中略)『パルショータを飲んでます?』と私が訊くと、彼女はおもむろにベッド脇のバケツの蓋を開けた。中にはパルショータの濃い液体が入っていた」

本書の版元が「本の雑誌社」であるところから、椎名誠氏が頭に浮かんだ。『ぼくがいま、死について思うこと』(新潮文庫)の中に「極端な話、カナダ、アラスカ、ロシアの北極圏に住むネイティブに火葬という習慣はない。木が生えていないところで生活しているのだから、火葬にする燃料はおろか、捕獲したアザラシやクジラ、セイウチなどの肉を焼いて食う燃料すらない」。つまり、食事も埋葬も、生きるも死ぬも自然環境に従うということだ。デラシャで生きるには酒が合理的なのであろう。

人体は適応する。人体の適応が追い付かない速度で進む小麦の品種改良がグルテンアレルギーを引き起こすことを考えると、デラシャの酒の方が自然の理にかなっている。

エピローグの「酒を主食とする食生活もやむをえずそうなってしまったのではなく、意識的につかみ取ったものだろう。その意味では現代の日本人や西洋人と同じだ。ただし、『進んだ方向が違う』のである」との指摘には大いに共感する。

君島佐和子 きみじま・さわこ
フードジャーナリスト。2005年に料理通信社を立ち上げ、06年、国内外の食の最前線の情報を独自の視点で提示するクリエイティブフードマガジン『料理通信』を創刊。編集長を経て17年7月からは編集主幹を務めた(20年末で休刊)。辻静雄食文化賞専門技術者賞選考委員。立命館大学食マネジメント学部で「食とジャーナリズム」の講義を担当。著書に『外食2.0』(朝日出版社)。

※『Nile’s NILE』2025年5月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
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