食語の洪水

食語の心 第131回 柏井 壽

食語の心 第131回 柏井 壽

冗談はさておき、これら食レポの最大の問題は、賞賛一辺倒だということである。

「こんなおいしい○○はこれまで食べたことがありません」
しばしば耳にする言葉だ。
「こだわりがたくさん詰まっていますね」
こだわりという言葉も食レポには欠かせないようである。

この程度はかわいいもので、もっと深みにはまると、
「この肉、脂の乗りが半端じゃないですね」
などと言い出す。

本来は鳥類や魚が季節によって、脂肪分が増えることで、うまみが増すという意なのだが、霜降り肉に対して、脂が乗っているという言葉を使う誤用も少なくない。
プロらしく見せようとして、馬脚をあらわしてしまったわけだ。

やたらとプロの料理用語を使いたがるが、料理経験に乏しい素人にはきちんと理解できるわけがない。その典型とも言えるのが 「 火入れ」。
「完璧な火入れですね」
フレンチのコンフィなどを食べて、そんな感想をもらす。
「ありがとうございます」
シェフはいちおうそう言葉を返すが、内心ではせせら笑っているに違いない。
知ったかぶりも、そこそこにしたほうがいい。そう思うのも当然のことである。

試行錯誤を重ねた結果、ここまで行き着いたが、完璧とまでは言えないことを一番よく知っているのは自分だ。そう言いたい気持ちを、シェフはぐっと我慢している。

「いい具合に手当てされた肉ですね」
「手当て」というのも最近の食通たちがよく使いたがる言葉だ。
精肉商が、食肉処理された肉の水分を調整し、用途に応じてつるしながら適度に熟成させて出荷する過程を、手当てと呼んでいる。

この手法に長けた精肉商をカリスマと賞賛するのは、プロの料理人たちであって、いわばプロ同士の用語なのである。
古く、「ムラサキ」だとか「アガリ」、「ギョク」などのすし屋用語を使って、ひんしゅくをかっていた食通気どりの客と、似たような話だ。

時代は変わっても、食通ぶりたい客はいるものだが、素人がプロ用語や特殊な言葉遣いを使うのは、けっして品がいいものではない、と肝に銘じておきたい。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2024年12月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
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