「選ばれるべき者」がいないのにどうやって選ぶのか?

時代を読む 第129回 原田武夫

時代を読む 第129回 原田武夫

「合成の誤謬(ごびゅう)」という言葉がある。少し脚色して説明をするならば、「お互いに良かれと思ってしたのだが、それらが合わさった結果、かえって事態を悪くしてしまった」といった場合に使う言葉である。今回、全世界で起きているのは「民主主義」という不磨であるはずのルールを適用すればするほど、本当の問題の解決から人類社会全体が遠のいてしまっているという現実なのである。

しかし「民主主義」は第2次世界大戦におけるファシズム・全体主義に対する究極の兵器(lethal weapon)として語られ、これまで喧伝(けんでん)‘されてきたのである。まさかこれこそが問題の元凶なのだと今、誰が言うことができようか。

事ここに及んでしまってはやるべきことはただ一つ。「民主主義」という量の次元から、質の次元へとルールを変えることだ。しかしそれがどうやったらば可能なのか。いよいよ私たち人類がホモ・サピエンスから次の「ホモ」へと進化するに当たって課されている本当の試練は、そこにあるのかもしれない。

原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

※『Nile’s NILE』2024年10月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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