おいしいということ

食語の心 第129回 柏井 壽

食語の心 第129回 柏井 壽

調理法もまたおなじ経過をたどってきた。どんな調理法で、調理温度はかくかくしかじかで、秒単位の調理時間にまで言及する。それらはしかし、食べる側が解明したようなことではなく、すべてが料理人の言によるものなのである。

その舞台となっているのは、近年大人気のおまかせコース一本やりの割烹店。予約困難をありがたがる客を前にして、料理人は先に書いたような、食材やら調理法をとうとうと語り、料理に箔を付ける。予約困難店に絶対的価値を確信しているうえに、食べる前からさんざん予備知識を与えられるのだから、客は「おいしい」かどうかを冷静に判断する能力を失っているに等しい。

ここで冒頭の美食家の言につながる。「おいしい」かどうかより、箔付けされた料理の価値がだいじだと、食べる側の客が思ってしまうのだ。

そもそも料理人がこと細かに料理の内容を、食べる直前に語る必要があるのだろうか。

もう20年近く前のことだが、人間国宝にも認定されている、とある日本画家にインタビューしたことがある。込み入った質問にも穏やかに答えていられたが、どんな絵筆や絵の具を使っているのかと問うたとき、急に表情を険しくされた。

「どんなもんを使うて絵を描くかてなこと、絵を見る側は知らんでよろしい。虚心坦懐に味おうたらええので、道具や技法を知ったら、素直な鑑賞の妨げになります」

そうおっしゃったことを今も思いだす。

「絵心という言葉がありますやろ。絵は道具やのうて、心で描くもんなんです」

語り過ぎる料理人や美食家たちに聞かせたい言葉である。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2024年10月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
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