令和の食はどこへ向かうのか

食語の心 第122回 柏井 壽

食語の心 第122回 柏井 壽

食語の心、柏井壽、令和の食はどこへ向かうのか

年号が令和にかわって早6年。そのうち半分ほどがコロナ禍だったので、令和という時代はまだ茫洋としていて、その色がはっきり見えてこないが、少しずつ明らかになってきた。

カオスに満ちた平成を経て、すでに昭和は遠くなり、懐かしさを覚える向きも少なくない。

食の面でもそれはおなじで、近年になって人気が出てきた料理や食のトレンドは、多くが昭和懐古とも言えるようなものだ。

たとえば最近よく耳にする「町中華」などがその典型で、日本中どこの町にもある、ふつうの中華料理屋が注目を集めるようになり、多くの客で人気を呼んでいるようだ。北京ダックだとかフカヒレだとかアワビだとか、高級料理とは無縁の手軽な料理を出す店が、突如として脚光を浴びるのは、最近の傾向だ。

そもそも「町中華」とはどんな店を指すのか、明確な定義はなく、なんとなくむかしからあって、焼き飯や餃ギョーザ子、唐揚げなどの、ありきたりの料理を、安価で提供する店を指すようで、そこに漂うのは昭和の薫りだ。

このあたりのことは、前々回のオーバーグルメイズムの項でも書いたが、メディアが作りだしたブームに乗る客が、店のあり様をガラリと変えてしまう。

店も主人も何も変わっていない。何十年とおなじことをやってきて、突然脚光を浴びるのだから、店側が戸惑うのも当然のこと。ほぼ常連客だけを相手にしてきたのが、いきなり一見客が大勢押し寄せても、そう簡単に対応できるものではない。アルバイトを雇った途端にブームが去り、潮が引くように客が減っていく。

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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