お茶の間でYMO 前編

1980〜90年代のサブカルシーンにイエロー・マジック・オーケストラ(以下YMO)が与えた影響は絶大で、音楽にとどまらず多岐にわたる。YMOにちょっと向き合ってみよう。

Text Yasushi Matsuami

1980〜90年代のサブカルシーンにイエロー・マジック・オーケストラ(以下YMO)が与えた影響は絶大で、音楽にとどまらず多岐にわたる。YMOにちょっと向き合ってみよう。

YMO
YMOのデビューアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』。1978年11月25日リリース。79年にリミックスされUS版としてリリースされた際、この通称「電線芸者」のジャケットにリデザインされた。
Sony Music Labels Inc.

YMO誕生前夜 横尾忠則氏が加入⁉

このところ、YMOの足跡を克明にたどった書籍や写真集などが相次いで刊行されています。結成40周年以降、その足跡を改めて見直そうという機運が高まっているということでしょうか。
「サブカル考古学」でも10回目の節目に、YMOに触れてみようかと思います。
 
まず基本的な事柄から押さえていきましょう。YMOは、細野晴臣さん、高橋幸宏さん、坂本龍一さんの3人によって1978年に結成されました。細野さんは60年代末にデビューし、はっぴいえんど、キャラメル・ママ(後にティン・パン・アレーに改名)などのバンドやソロで、ベーシストのみならず作曲やプロデュースでも活躍。デビュー当時のユーミンのプロデュースにも関わっています。
 
高橋幸宏さんは、加藤和彦さんを中心に結成されたサディスティック・ミカ・バンドにドラマーとして加入し、さまざまなセッションワークでも売れっ子に。
坂本龍一さんは、幼少期から作曲の指導を受け、東京藝術大学でクラシックや現代音楽を学び、在学中からスタジオミュージシャンとしてのキャリアをスタート。ミュージックシーンの先端を走っていた3人は、YMO結成以前から交流があり、細野さんのソロアルバム『はらいそ』のレコーディングの中で初めて顔を合わせます。このアルバムの演奏者のクレジットは細野晴臣とイエロー・マジック・バンド。すでにYMOにつながる音楽性が模索されていたことが分かります。
実はYMO結成に向かう中で、画家の横尾忠則さんをメンバーに加える構想があったとか。実現しませんでしたが、横尾さんが参加していたら……と興味が湧きます。
 
78年11月25日、プログラミングによって自動演奏を行うシーケンサーとシンセサイザーを駆使した歴史的なファーストアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』がリリースされます。
しかし、いきなりセンセーションを巻き起こしたわけではなく、このサウンドに戸惑う空気もあったようです。このアルバムを発売したアルファレコードの社長、村井邦彦さんでさえ、これをリリースするべきか悩んだという逸話が伝わっています。初回プレスは3,000枚。オリコンチャートで最高位69位。大ヒットというわけではありませんでした。

お茶の間でYMO 後編」へと続く

真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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