そんな類さんが故郷を後にしたのは、「空の狭いV字の谷に閉じ込められているような息苦しさを覚えた」から。「いつだったか、裏山に登って土佐湾の白く光る海を眺めた時、この太平洋の向こうはカリフォルニアなんだとワクワクしてね。それで『これからは地球規模で動こう』と思った」のだという。そうして京都、東京を経て海外へ。類さんはアメリカやヨーロッパを放浪しながら絵を勉強し、やがて画家としてパリを拠点に活動。再び舞台を日本に移したのは30代も半ばの頃である。
「大好きな釣りに導かれた感じですね。四国と地形の似た奥多摩で渓流釣りを始め、いつしか奥羽山脈を北上して白神山地へ。でも雨で釣りに入れなかった。ところが北海道の方は晴れている。よしと友人のいる道北・下川町を目指しました。行ってみて驚きました、見たこともない美しく雄大な景色が広がっていて。ヒグマに襲われる危険も顧みず、『野生なら僕のほうが先輩だ』とばかりに天塩川(てしおがわ)の渓流を分け入り、エゾイワナをバンバン釣りました。『日本にはこんなにすばらしい自然がある』と再発見する思いでしたね」
以来、旅や渓流釣り、酒場をテーマに執筆活動を続ける類さんは、「年を重ねるにつれて故郷への愛着が増している」と言う。その気持ちが例えば「安徳天皇は実は壇ノ浦で入水したのではなく、山に逃がされて仁淀川を下って越知町(おちちょう)で生涯を終えた」といった平家の落人伝説の描く歴史ロマンに向かうなど、心は常に仁淀川とともにある。類さんの「野生の魂」は、だからいつまでも衰えを知らないのかもしれない。
吉田類 よしだ・るい
1949年、高知県仁淀町生まれ。酒場詩人、画家、イラストレーター、俳人など、多彩な分野で活動する。「吉田類の酒場放浪記」(BSTBS)、「ラジオ深夜便」(NHK)に出演する他、各地で酒場や旅をテーマに講演。著書『酒場歳時記』(NHK出版)、『酒場詩人の美学』(中央公論新社)などがある。高知県並びに仁淀川町の観光特使を務める。
大放浪者のロマン
高知・仁淀川町の生まれの酒場詩人、吉田類さん。少年時代は急峻な山に囲まれた渓谷を駆け回り、“仁淀川の河童”のごとく急流を泳ぎ回ったという。
高知・仁淀川町の生まれの酒場詩人、吉田類さん。少年時代は急峻な山に囲まれた渓谷を駆け回り、“仁淀川の河童”のごとく急流を泳ぎ回ったという。
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